憂いの佐倉君23






ここまでの史実説明(雑)
1680年、将軍家綱死去の報を聞いた謹慎生活の正信は
ハサミで喉を突いて自殺。
どういうつもりで自殺したのかは本人しか
わからないところだが藩主が二代続けて
殉死&自殺という異常事態の佐倉藩。


つづいて新しい藩主になった松平乗久。
次に大久保忠朝、戸田家、稲葉家、松平家…と
以降しばらく藩主の入れ替わりが多い佐倉藩。